開 山 …延文元年(1356)
開山上人…智圓房日祐上人
貞治元年(1362)一月十一日没
開基檀越…九島兵庫頭一族 大津庄司九島佐久馬尉良詔入道
應安六年(1373)十月十三日没
法名…法信寺殿日敬大居士
ー開山・日祐上人像ー
◆法信寺の裏手に連なる山に沿って南北数kmにわたり、数多くの古墳跡が確認されて
います。太古の昔より、近隣には村落が形成され多くの人々が生活していたのでし
ょう。
時は下り、日蓮大聖人の立教開宗よりさらに100年余り経た南北朝時代、当山の
開山上人である智圓房日祐上人は各地遊化の後、晩年当地に留まり、大津庄司九島
佐久馬尉良詔入道の外護を受けて当寺を建立します。
その後についての記録などはなく、お寺の過去帳により歴代上人が分かるのみであ
ります。
江戸時代最後の年号である慶応元年(1865)、第51世智法院日芳上人の時に
間口6間・奥行5間半の現在の本堂が建立され、明治43年(1910)に本堂の
屋根を修繕し茅葺きから瓦葺きとし現在に至っています。大正5 年(1916)
に間口2間半・奥行2間半の位牌堂を新築、さらには昭和30年(1955)に山
門を建立し伽藍が整えられました 。
山号「智運山」と寺号「法信寺」
◆当山の山号は「智運山」
・中興とされている、17世智運院日定上人にちなみつけられています。詳しい記
録は残されていませんが、お寺の繁栄に何かしらの功績があったものと思われま
す。
・「智」とは、仏さまが説かれました仏道修行の六波羅密の一つ「智慧」のことで
す。「智慧」とは物事の善し悪しを見分ける力のことをいいます。
・「運」は運ぶ・もたらすなどの意味があります。
また、寺号は「法信寺」
・「法」とは仏教で「仏さまの尊い教え」のことをいいます。
・「信」は読んで字のごとく信ずる・信仰するの意味です。
智運山法信寺は、「仏道の修行を通して物事を正しく判断する力を養い、仏さまの
尊い教えを信仰するお寺」という意味にでもなるのでしょうか。